研究紹介(マイオカイン)

「適度の運動は身心に良い」は疑いの余地がない。しかしながら、「適度な運動」はその強度、時間、様式、休息時間、目的によって効果が異なる(Haskell WL. Med Sci Sports Exerc 2007)。また同様に、年齢や疾患の有無など対象によって、同様の運動における効果が異なることは容易に想像できる。さらに、運動を継続すると、運動開始時点より得られる効果が減衰する。これらの解決には、運動の分子生物学的機序の解明が急務である。
15年程前から提唱され始め、ここ数年間で急激に論文数が増加している運動効果の機序として、「骨格筋細胞で産生・放出され、かつ内分泌作用を有するサイトカインやペプチド」であるマイオカインが注目されている(Pedersen BK. J Muscle Res Cell Motil 2003; Furuichi Y. PLoS One 2018; Manabe Y. J Physiol Sci 2014; Vinel C. Nat Med 2018)。

我々もマウス骨格筋培養細胞において、カフェインにより偽収縮を誘導し、収縮後の培養液を質量分析によりプロテオミクス解析した。その結果、分泌されたマイオカインの一つとして、脳由来神経栄養因子(BDNF)を検出した。我々は、このBDNFの投与が運動トレーニングの代替となるかを検証した(Circulation 2018; Circ Heart Fail 2021)。運動能力が低下した心不全モデルマウスにおいて(Cardiovasc Res 2016; J Cachexia Sarcopenia Muscle 2018)、骨格筋BDNFの発現は低下し、リコンビナントヒトBDNFの投与で運動能力および骨格筋ミトコンドリア機能を改善することを明らかにした(Circulation 2018; Circ Heart Fail 2021)。また、血中BDNFは心不全患者で低下し、運動能力と密接に相関し(Int J Cardiol 2013; Int Heart J 2020)、そのレベルは臨床的なアウトカム(生存率や心不全による再入院)の独立した危険因子であった(J Card Fail 2015)。
しかしながら、マイオカインは単一(例えば、BDNFやapelin)のものだけが効果を示すものではない(Vinel C. Nat Med 2018)。また、分泌されるマイオカインは骨格筋細胞の刺激方法(電気刺激、薬剤)、刺激の有無(調節性、構成性、収縮性、薬剤性)、実験条件(単回もしくは複数回刺激、培養条件)によって異なる(Furuichi Y. PLoS One 2018)。さらに、適切に証明されたマイオカインと運動トレーニング効果を詳細に検討した研究はほとんどない。一方で、加齢によりマイオカインの分泌低下が起こることが示唆された(Vinel C. Nat Med 2018)。

人体最大の臓器である骨格筋から分泌される内分泌因子マイオカインを培養細胞およびヒトの血液サンプルを用いて、若返りや健康維持、病態改善に有用なマイオカインを選定する。また、その産生および分泌における分子機序の解明および生理、病態生理機能を遺伝子レベルから代謝産物レベルまで包括的に探求する。体力レベルや年齢に関わらず、血液中のマイオカインが健康寿命の延伸や疾患の予防や治療に広く活用できる運動様式を開発する。運動実施が困難な場合にもマイオカインの恩恵が受けられるよう、創薬の基盤を構築する。