研究紹介(不全心筋における予防・治療)

心不全は本邦でも100万人を超える患者が存在するが、未だに生存率が低く、極めて重篤な疾患である。ミトコンドリアは全身のエネルギーを産生するための主細胞内小器官であるが、心不全では障害されており、心筋収縮のエネルギー不足に直結する。
不全心筋のミトコンドリア機能が低下することは既知の事実であるが(Cell Commun Signal 2019; Front Cardiovasc Med 2020; Am J Physiol Heart Circ Physiol 2022)、未だ機序は不明なままである。心不全マウスにおけるミトコンドリア複合体の会合不全はミトコンドリア特有のリン脂質であるカルジオリピンの低下と関連し、必須脂肪酸リノール酸(C18:2)の摂取は不全心筋のカルジオリピン量の正常化とともに、complex II機能および会合レベルを改善したが、その程度は部分的であった(Cell Commun Signal 2019)。したがって、心不全における骨格筋ミトコンドリアcomplex II機能は複合体の会合、各タンパク・遺伝子発現、基質、活性レベルだけではなく、他の要因も関与することが強く示唆された(Cell Commun Signal 2019)。
一方で、complex IIは、電子伝達系の一部であり、酸化的リン酸化によりATPを産生するが、1)ミトコンドリアDNAにコードされていないこと、2)内膜のプロトン(H+)の濃度勾配に関与しないこと、3)超複合体に含まれていないことから重要視されてこなかったため、研究が全く進展していない。これたが不全心筋の進展に関与する機序解明を目指した検討を行なっている。
今回我々は、不全心筋におけるミトコンドリア機能を中心とした代謝・代謝産物を明確化したことにより、その代謝経路を制御する「新規不全心筋ミトコンドリア機能の治療法」を開発した。具体的には、心不全による心筋内の代謝産物スクシニルCoAの低下がミトコンドリアの低下が直接的な原因であることを解明した。そのスクシニルCoAの低下を防ぐために、酸素を運搬するヘモグロビンやミトコンドリアの電子伝達系・TCAサイクルに必須である「アミノレブリン酸(5-ALA)」を投与することで、心不全におけるスクシニルCoAの低下を防ぎ、独立した生命予後の規定因子である心機能や全身の運動機能を改善することを見出した(詳細はこちら)。これらの知見は国際特許出願中(PCT/JP2019/025885、日本・米国・欧州)である。